あみだ池大黒
江戸時代、大阪は天下の台所と呼ばれ、お米はもちろん、上質な砂糖や水あめが集まる場所だった。堀江では琉球や奄美大島の黒糖、讃岐国の「三盆白(和三盆糖)」が盛んに取引され、その頃の様子は「大阪繁昌詩」(著:田中金峰1844〜1862)にも描かれている。あみだ池大黒は、江戸時代よりこの地で「粟おこし」「岩おこし」を製造してきた。上質な黒糖はおこしの重要な材料として、今もなお使い続けている。私たちがおこし作りを始めた堀江で、黒糖とともに盛んに取引されていた「さぬき和三盆糖」。その魅力を誰よりも知っている私たちだから、作り得た「大阪もちまろ菓」。どこに出しても胸を張れる、新しい大阪みやげとして誕生した。
